説 教 「光の方に」指方周平牧師

聖 書 詩編43:3

 

ある夫婦が、夜風が気持ちいい浜辺を歩いていた時、ウミガメの卵が孵化する現場を通りがかったそうです。普通、卵を割って誕生してきたウミガメの赤ちゃんは、生まれ持った本能によって、すぐに波打ち際を目指して一生懸命に歩き出しますが、夫婦が目撃したウミガメたちは様子が違っていたそうです。そのウミガメの赤ちゃんたちは、自分が生きるべき海に向かっていくのではなく、海と正反対の方向にあるリゾートホテルのプールに向かって一生懸命に歩き出したそうです。なぜ、ウミガメたちは海で生きる本能を生まれ持っていながら、小さなプールに向かって歩んでいったのでしょうか。

 

それは、リゾートホテルのプールサイドで燦々と輝いていたナイターの設備が原因だったといいます。孵化したばかりのウミガメたちは、月の光を目指して海辺まで歩いていくそうですが、この浜辺では月の光よりも照明設備の方が輝いていたため、ウミガメたちは、より明るい人工の光が輝いているプールの方へ進んでいったのでした。このままではウミガメたちは死んでしまいます。この夫婦は、他の観光客と一緒になってウミガメの赤ちゃんを集めると、本来進んでいくべき正しい方向、生きていく舞台となる海に頭を向けてあげたそうで、生まれたばかりのウミガメたちは一生懸命に砂を蹴りながら波打ち際に進んでいったそうです。

 

私たちの生きている世界でも、さまざまな光が照り輝いています。多様な豊かさと捉えれば素晴らしいものですが、実際には心地よい朝日のような光だけが優しく挿して来るのではなく、毒々しい疲れをいざなう光が攻撃的に迫ってくること、破滅にいざなう光が目の前を照らす時もあります。私たちは、あらゆる光に絶え間なく照らされる中で、周囲の流れに合わせること、ひとつでも多くのものを獲得することに駆り立てられるあまり、ありのままの無垢な自分に、無理をさせではいないでしょうか。余りにもたくさんの魅力的な価値観と情報の光に四方八方から照らされる中で、静けさを失い、自分の居場所や、進んでいくべき方向を見失ってはいないでしょうか。

 

生まれたばかりのウミガメが、生涯を生きていくべき海に繰り出していくために、まず必要だったのは、月の光を見分ける静けさでした。リゾートホテルの華やかな照明施設に惑わされたウミガメのように、私たちもうつろい激しい喧騒の光の中を生かされていますが、本当に必要なもの、進んでいく方向は、静かさの中でも消えないところ、変わらない所に示されるのではないかと思います。私たちをお造りになった神様は、私たちをどこに導こうとして、今日も私たちに命を注いでくださったのでしょうか。命の源に心を向ける静けさと謙遜の中から、変わらない光、消えない光を見出し、進むべき方角を見究めて歩むことを願い、今日も、永遠の世界に連なっている日常生活の海原に向かって、歩み出して参りたいと思います。

  ご覧になって頂き

  有難うございました

 

 

     日本キリスト教団

    東 所 沢 教 会