説 教 「虹と十字架」指方周平牧師(2016年1月) 

聖 書  マタイによる福音書28章20節       

     「わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」

 

 ずいぶん前に散歩先で雨に降られて雨宿りをしたことがありました。突然の雨が憂鬱に感じられて仕方なかったのは当時の私が療養中だったからでしょうか。定まらない空模様を一向に良くなる気配が見えてこない自分の状態に重ねながら重々しい気持ちでいつまでも眺めておりました。しばらくして雨がやむと、曇った空に静かな光が射し始めて美しい虹がはっきりと現れました。

 

聖書にある「ノアの箱舟」の話には、虹の由来が次のように記されています。堕落しきった世界を洗い流し、無垢に生きていたノアと新しく造り直す決心をされた神さまは、ノアを救い出すために箱舟の建造を命じられました。やがて世界に大雨と大洪水が起こった時、箱舟に乗り込んだノアたちだけが生き残りました。神さまは新しい大地に降り立ったノアに二度と世界を滅ぼさないと約束され、そのしるしとして雲の中に虹を置かれたといいます。

 

療養中だった私が雨上がりの空に現れた虹に心打たれたのは虹の背景が曇り空だったからでした。ノアが見上げた世界で最初の虹もきっと鈍色の空が背景だったことでしょう。ノアにとって虹とは命が助かった安堵感から見上げた珍しい気象現象などではなく、懐かしい故郷や友人たちを一気に失ってしまった喪失感や自分だけ生き残ってしまった負い目を背景に辛うじて見上げた神さまの救いのしるしではなかったか。私にはそう思えてなりませんでした。

 

私は、虹とキリスト教会のしるしである十字架がどこか似ているように思います。今も曇り空を背景に静かに現れる虹を見上げては、先行き見えない、いつまでも白黒はっきりしない、不安や後悔にまみれた灰色模様の現実の中に「わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」と約束してくださった神さまが共におられることを思い起こすからです。神さまは、たとえあなたが気づかなくても、いつでも、どこでも共にいてくださいます。もしもあなたが日常の忙しさや孤立無援の寂しさの中で、神さまが共におられるという救いの約束を確かめたくなったならば、曇り空に架かる虹を見上げるように、十字架を掲げているお近くのキリスト教会を訪ねてみられてはいかがでしょうか。

 

                    (「こころの友」2016年1月号)

 

フランス シャルトル大聖堂のステンドグラス  

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  有難うございました

 

 

     日本キリスト教団

    東 所 沢 教 会