招 詞:ローマの信徒への手紙5:7~8

旧 約:哀歌3:18~33

新 約:マルコによる福音書10:32~45

説 教:「逆転の秩序」指方周平牧師(2018年3月)

 

神の御子イエスが世に来られた目的は、身代りの死によって人間の罪を贖うためであり、人間を創造された神の御心に適った本来の状態・永遠の命を回復させるためでした。今、主イエスはご自分の使命を成し遂げられる時に向けて、十字架の待つエルサレムへ刻一刻と近づいておられます。そして主イエスは弟子たちに「異邦人は人の子を侮辱し、唾をかけ、鞭打ったうえで殺す。そして、人の子は三日の後に復活する」と、御自身に差し迫った苦難と復活を重ねて予告されました。先頭に立ってエルサレムに向かっておられる主イエスが、弟子たちが驚くほどの覚悟に満ちた表情、従う者たちが恐れるほどの鬼気迫る空気を纏っておられたご様子を想います。

 

そんな主イエスの御前に、2人の弟子が進み出ると「栄光をお受けになるとき、わたしどもの1人をあなたの右に、もう1人を左に座らせてください。」と突拍子もないお願いをしました。弟子たちは、各地で支持を得ながら都に向かっておられる主イエスが、まもなくユダヤの国の新しい王さまになると思い違いしていたのです。主イエスの深遠な覚悟と弟子たちの浅薄な誤解との差に唖然としますが、これが立身出世に夢中だった弟子たちにとっての主イエスの栄光でした。しかし主イエスは、こうも的外れた弟子たちを見限らないで、一同を呼び寄せて大切な真理を教え始められたのでした。

 

主イエスは弟子たちに「あなたがたの中で偉くなりたい者は、皆に仕える者になり、いちばん上になりたい者は、すべての人の僕になりなさい」と、この世の栄誉とは逆転した神の国の秩序を啓示されました。そして「人の子は仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのである。」と、ご自身が世に遣わされた使命を啓示されたのでした。「皆に仕える者」「すべての人の僕になる者」とは主イエスに倣って生きる者です。ただ心に刻みたいのは、そのように生きられるようになるのも、決して人間の修業や研鑽によるのではないという大前提です。

 

私たち人間は、神さまの御心に適った本来の状態を律法によって丁寧に教えられても、自力では神さまが求められる水準に至らなかった罪の歴史を忘れてはなりません。しかし主イエスは身代りになられたご自身を知らないままだったかもしれない不確かな人間をも、無駄を惜しまずにご自身に結び付けてくださいました。もはや、すべての人間は、あやふやな自覚や身勝手な都合に先んじて、十字架と復活の主イエスの愛に包まれているのです。そして世俗的だった弟子たちが聖霊によって敬虔な使徒とされていったように、私たちにも主イエスの証印が押されているからこそ、おのずと「皆に仕える者」「すべての人の僕になる者」として神の国のために用いられていくのです。

 

(2018年3月18日礼拝説教要旨)

ゲツセマネの園から見上げたエルサレム神殿の丘