エステル記4:13~14「この時のためにこそ」

 

流れ星の瞬間に願いを唱えられたならば、それはかなえられるという言い伝えがありますが、京セラを創業された稲盛和夫さんは「本当にかなえられたい願いは、歩いていても寝ていても、四六時中思い巡らせているものだから、とっさの瞬間であっても念じることができる」とお話されたのを又聞きしたことがあります。

 

約2500年昔のアケメネス朝ペルシャで、帝国中のユダヤ人を絶滅させ財産を没収せよとの恐ろしい勅令が公布された時、ペルシャの王妃はユダヤ人女性・エステルでした。出自を隠してきたエステルがユダヤ人と知る人は王宮に皆無でしたから、ユダヤ人絶滅令が執行に移されたとしてもエステルが命を失う危険はありません。しかし彼女を育てた養父モルデカイは「他のユダヤ人はどうであれ、自分は王宮にいて無事だと考えてはいけない.この時にあたってあなたが口を閉ざしているなら、ユダヤ人の解放と救済は他のところから起こり、あなた自身と父の家は滅ぼされるにちがいない.この時のためにこそ、あなたは王妃の位にまで達したのではないか」と同胞の救済を王に直訴するよう説得したのでした。ペルシャにおいて絶対君主である王に聞かれもしないのに話しかける者や呼ばれもしないのに会いに行く者には不敬として死刑が定められており、それは王妃も例外ではありませんでした。そのような状況にあって自分のために沈黙を貫くか、同朋のために命を懸けるか。これはエステルにとって自分の生き方が試される時だったと思います。そして自分の命と同胞の命との間で逡巡し続けたエステルが「この時のためにこそ」という言葉によって、どのように濾過されていったのかを想います。

やがてエステルは「王のもとに参ります.このために死ななければならないのでしたら、死ぬ覚悟でおります」と言い残し、絶対君主クセルクセス王の前に進んで行ったのでした。

 

2001年1月26日(金)帰宅時間帯のJR新大久保駅で、酔っ払った人がホームから転落し、その人を助けようとして線路に降りて行ったふたりの人も、入線してきた電車に轢かれて、3人とも亡くなってしまうという悲惨な事故が発生しました。たまたま居合わせただけで、関わらなくても責められはしなかったであろうに、見ず知らずの人を助けようと、とっさの瞬間に線路に降りたひとり李秀賢さんは26歳で、当時25歳だった私は同世代の李さんの生き方・死に方に衝撃を受けました。それは信じないかもしれない不確かな者を裁くことも、変えることも、見捨てることもなさらず罪の身代わりとなって十字架に打ち付けられた主イエスに似た姿、報いを望まない、結果を問わない、無駄を惜しまない自己犠牲の愛と真実を強烈に感じたからでした。あれから22年が経って私は線路に降りたもうひとり関根史郎さんと同じ47歳になりましたが、李秀賢さんと関根史郎さんの生き方・死に方に衝撃を受けた自分は、あれからどのように生きてきたのかと今年の1月26日が廻ってくる中で振り返っています。

 

状況こそ違えど、誰にもエステルのように、迷いや恐れを抱えたまま自分を試される瞬間が訪れますが、その時にこそ、自分の道として聞き従っている教えや、四六時中巡らせている願いや祈りの地金が表出するように思います。主イエスは「その日、その時は、だれも知らない.天使たちも子も知らない.父だけがご存じである.気をつけて、目を覚ましていなさい.その時がいつなのか、あなたがたには分からないからである」(マルコによる福音書13:12~13)と終末についておっしゃられましたが、自分が死ぬのが先か、世の終わりが先かはわからなくとも、私たちにも主なる神さまの御前に立たされる時が必ず訪れます。私は今、新しい戦前を想起させる時代状況にあって、生きる命・生きた命、全ての命を御手に包んでおられる主なる神さまによって、あなたには何が満ちているのか、あなたは何に従って、どう生きて行きたいのかと、自分自身を探られる想いがしています。

 

(2023年1月19日東所沢教会祈祷会奨励に加筆)

The fainting of Esther (エステルの失神)

Jean-François de Troy (1679-1752)

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